#23 レモンとピース~横浜の余白ぶらぶらぶ
雨あがりの五月。京急井土ヶ谷駅で待ち合わせて79番の横浜市営バスに乗り、かずささんと英連邦戦死者墓地(注)へ出かけた。毎日門がオープンしている、開放的で広々した墓地。静かな深い森。ベンチもある。特別で敬虔な空気。私はここが好きだ。この季節は墓碑に赤いバラが映えた。1939-1945年に亡くなった兵士の出身地ごとにいくつかのエリアに分かれていて、豪州からカナダ、インド、パキスタンまである。大英帝国。ここには故・ダイアナ妃も訪れた。
持参したお弁当を食べ終わると、彼女は走り出した。スマホを渡され、手振れしないように撮影する。墓地はなんてアーティスティックな空間なんだろう。
この土地はなんと大正時代に計画され昭和初めに児童たちから10銭募金も集めて造られた、元 保土ヶ谷児童遊園地。それが戦後接収され、1955年の協定により墓地になった。いまも隣には果樹園などもある古い児童公園があり、子ども植物園もある。ここもおすすめ。
かずささんに出会ったのは1年と少し前の冬だった。知人から「ちょっと体調を崩しているアーティストがあなたの町にいて。サポートしてくれない?」とメッセージがやってきた。相談窓口へ同行することになった。でも、まず知り合わないと心地が悪い。そのときのことを書いたZINEが最近送られてきた。
「レモンの木がある場所は秘密ですが、その木はとても大きな木で、崖の斜面に生えています。やよいさんはその木が誰かの所有物ではないか、周辺を訪ね歩き、誰のものでもないことを確認して以来、たわわに実っている大きなレモンの収穫を毎年楽しんでいるそうです。
レモン狩りに誘ってくれたその日は晴れでしたが、待ち合わせ場所に現れたやよいさんは開口一番「商売道具を忘れてきたわ」と(郵便局に)戻り、長傘を手に、いっしょに坂道を登りました。商売道具の使い道はすぐにわかりました。レモンの木のある場所にたどりつくと、やよいさんは傘の持ち手の部分をレモンの木の枝に引っ掛けて、枝をゆさゆさと揺すり、レモンの実はごろんごろんと斜面を転げ落ちていきました。
なるほど。それから絶妙な角度を保ちながら斜面の木ににじり寄り、手の届くところにあるレモンをもぎ取りました。最後に下に転げ落ちたレモンを拾い、レモン狩りは終了。さわやかな匂いが広がり、うっすら汗もかき、冬の終わりを感じました。
いただいたレモンはそのままかじっても酸っぱすぎず、甘くて少し酸っぱくて美味しいレモンでした。」
じつはこのレモン。リサーチ後に初めてとりに行ったのはいきつけの飲み屋の常連と、夜陰にまぎれて、だった。「美味しいわー、売ってるのと全然ちがう」と言ってママが喜んでみんなにレモンサワーをすすめるので、界隈ではすっかり「やよいさんのレモン」が有名になってしまった。するととりに行く人が増えたのか、今年は手の届かない高所にしか残っていず、元同僚とえらい苦労をした。人間が転げ落ちなくて、ほんとによかった。
かずささんには、桜の季節に公園でパフォーマンスを見せてもらったりして、楽しんだ。公園も、レモンの崖も、開放された墓地も、横浜の余白の部分。誰の所有でもない空間。都市に余白は必要不可欠だ。襞の深い町で、人は呼吸し、創造する。ぶらぶらと。らぶ。
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