連載2
イベントを準備すること、記録すること

しごとに取りつかれはじめた?ころのお話。人と場と言葉を煮込んだ日々を振り返って。失敗から学び、地道な作業を侮らず、小さな成功をわかちあって。。。
小園弥生 2022.10.13
誰でも

前回を書いている途中で、2000年に作った冊子「セルフヘルプ理解セミナーの記録」を読んでいたら、古い友人に出会ったような気持ちになった。しごとにとりつかれた女? 50ページによくもまあこんなに盛り込んで。というのは、この冊子です。最近でも買う人がいるという。ありがたやー。


この頃、上智大学の研究者・岡知史さんから企画が持ち込まれることが多かった。計画になかった事業を臨機応変に行うことが歓迎される空気もあった。私は30代だったし。このとき、米国のトマシーナ・ボークマン女史が来日したのは初めて。短期間の告知でランドマークタワー13階の一番大きな100人会議室は当事者・家族・援助職・研究者・学生らで満員になり、お断りするほどだった。講演録から。

「自分たちが自分たちの問題を人からつけられた言葉でなく、自分たちがどのように名付け、考えるかをやっていく。ということは、自分と自分の抱える問題の関係について新しい見方、考え方をもつことになる。それは“解き放ち”、つまり人間解放を意味する視点をもつことなのです」

「わかちあいの輪のなかで、体験的知識は生まれてきます。それはひとりの体験ではなく、さまざまなたくさんの人々がいっしょになって、それらの人々の体験をつむぎあって生まれてくるものです。体験を確認しあって、積み上げられてきたものなのです。専門家の知識と同等の価値をもつ。左右の車輪のように」

続いて「グループの発展段階モデル」と「個人の発展段階モデル」の3段階の図式がひもとかれていく。第3段階で成熟してくると「新たに学ぶ姿勢があるグループ」と「教条主義的な姿勢になるグループ」に分かれていく説。「閉鎖的なグループはリーダーが教条主義的で自分のやり方を押し付けるもの」という。ドキッ。「とても窮屈なグループです」。たしかに。

個人の場合は被害者であるところから第2段階でサバイバーになり、第3段階でやはり柔軟に学び成長していく成熟した人と教条主義的な人とに分かれていく、と語る。ギクッ。老害か。かさばらないようにしないと。

さらに「だいじなことは、自分たちのグループが今どういう段階かということを正確に自覚する必要があるということです。自分たちがどの地点にいて何をしたいのか、十分に意識する必要があります」。

これは個人についても言える。私はつらつら考える。あまりにいろいろやり散らかしてきてしまった。少しでも統合したいし、糧にして定着させたい、後から来る人に(ご迷惑でも)渡したい、不足なことは聴く耳と学びをもちたいとねがって、今ぐるぐるとこの連載を書いている。

講演録の最後は「セルフヘルプ・グループの有用性(公益性)」について。「まず個人にとっては情報が得られ、サポートが得られること。保健医療サービスや福祉サービスの賢い利用者になる、グループに参加することで現状のサービスの不足に対して意識が高まり、異議申し立てをしていくのも自然のなりゆきです。気持ちを支えてくれるし、ロールモデルに出会う場にもなる」。「次に社会に対しては、グループが体験的知識を積み上げることで専門家の実践に適切な批判をしたり、権利主張したり、保健医療を向上させる原動力になる。専門家の良きパートナーになれる。それは専門家の仕事を減らすこともでき、あるいは(社会の変革に向けて)仕事を増やす、増やさせることもできる。そのようにして人間解放をめざす視点は社会に貢献する」と語る。

この講演会を通訳が入って質疑応答も含め夜の2時間で行うには、周到な準備が必要だった。通訳の朴和美(パク・ファミ)さんは前もって講演者の原書を読んでくれた。訳語をめぐっても、岡知史さんと事前に事後に検討を重ねた。伝える日本語は重要だ。

記録冊子の講演録は案外短くて、次章「講演をどう受けとめるか」のほうにページを割いている。後日別途、自助グループの女性リーダーを集めてクローズドの座談会まで企画し、この講演をどう聴いたかを語ってもらい、収載するという入れ込みよう。当事者たちの語りもまた圧巻で(この部分も面白かったというネットの書き込みが)、そこに「マイナスがプラスに変わる」という題をつけている。さらに企画者の岡さんと通訳者の朴さんがまた、依頼したわけではないのに補足と所感の原稿を寄せてくれた。

朴和美さんは自らが当事者として悩み、考えてきたことを書かれている。

「在日コリアン女性の“解放への戦略”はたぶんこの“サバイバー”から“スライバー(成熟した人)”への道筋にあるのではないかと私は考えます。たまたま“在日”として生まれたことに責任はないが、日本社会の中でこれからどう生きていくのかについては責任がある。その過程で“学び”に対して自らを開き続ける限り、人間的に大きく成長していけるのだと思います。とくに二重の意味で差別されている在日コリアン女性にとって“解放への戦略”の方向性をつかむことは、決定的にだいじなことです」

「もう一つ大事なことは、こうした段階的変容は直線的なものではなく、スパイラル(らせん状)なものだということを知っていることです。一直線に一つのステージから次のステージに飛び移るのではなく、その間を行きつ戻りつしながら変容していくのだと思います」 

「また、ある問題においては“被害者”の位置にいるが、べつの問題では“スライバー”であることもありえるわけです。つまり、この発展段階モデルは固定化されたものではない。固定化していないということは、私たちが創り変えることができることを意味しています。ここに希望の光を見ることができます。ボークマンさんの通訳をしながら、私は希望の光を見たようです。カムサハムニダ!」

アイゴー。希望の光。

***

イベントは準備が7割がたのしごとであって、やるだけの当日は1割。終わってアンケートを読んだり、余韻を楽しんだり、関係者と成果を分かち合ったり、まとめて記録・報告、それをまた発信したり、次にやることへのイメージを育てたりすることが2割。変化を起こすには点を線に、線は面にしていかなければおもしろくない。点ばかり打つようなイベントは消費されて終わる。資金源のスポンサーに対応しなければならないことも仕事にはままあるけど、商売だって売り続けるためには顧客のコミュニティをつくってリピートを増やす、つまり点を面にしてなんぼでしょう。

場を準備する過程で目標を共有するチームをつくっていくのは楽しい。足りないところは内外の人に助けてもらう。持つべきは友。キャッチコピーは伝わるか。心に響くか。チラシは家族など内容をよく知らない人に見てもらうと不出来がよくわかる。

私は当日のシナリオや司会原稿を書くのも好きだ。司会はしゃべりすぎてはNG。あまり力んだり、エモーショナルになるのも聞き苦しい。主役の声がフラットに入ってこないからだ。いつか心が弱っていた時にくどくどしゃべりすぎてアンケートに「あの司会はなんだ!」と書かれたことがあった。ご指摘ありがとうございました。本当に。反省して以来、必要なことをヌケなくわかりやすく伝えられるように読み原稿を書くことにしている。これは作りたい場のシミュレーションにもなる。書く際のポイントは、漢字熟語はなるべく使わず、ひらがなを多くして、耳から聞いただけでスッとわかるような言葉づかいにすること。

「いくらよい内容でも情報が届かなければ、人が来てくれなければ、やってないのと同じ」と上司によく言われた。来てほしい人にどうしたら情報が届くのか。その人たちはどこで情報をとるのか。広めてくれる人はだれか。かつては何人かにファクスを送った。次はメール。ミクシィの時代、そしてSNS。ツールがなんであれ、企画がちゃんと立っていて、伝わる広報文になっていて、なにより拡散してくれる人との信頼関係が築かれていれば情報は伝わっていく。人とかかわってこそ、しごとは広がる。またいっしょにあの人としごとがしたい。そういうなかまを増やすこと。なかまの一員になること。そうなると日頃から声をかけてもらえるし、情報が増える。なにより不足の多い人間どうし、苦手分野を補ってくれて余りが出る。この余りで次のことが起きていくような。あたたまるし。

プレスリリース(取材依頼の通信文)もよく書いた。まだ出会っていない多くの人に伝えるには、メディアの記者に理解者を増やすことも重要だった。ただの告知ではなく、内容を理解して書いてもらう。取材にも来てもらう。私は署名記事でこれはよいと思ったものは切り抜いて記者名をメモしておく。必要な時に取り出して「あなたの書かれたあの記事がよかったので、ぜひこの件の取材をお願いしたい」と連絡する。

朝日の横浜支局にいた29歳の上野創記者に出会ったのはこのころだ。どうして自助グループについてこんなに深い記事を書いてくれるのかと思っていたら、連絡がとれなくなり、入院されていた。病床からの連載『がんと向き合って』が始まった(朝日文庫でロングセラーになっている)。そうだったのか。その後回復され、メールのやりとりをするようになった。医学部のイベントに呼ばれ、患者パジャマで登場、講演したという人だ。

長くなってしまった。自助グループ支援のしごとを振り返ってみて、この冊子はまだ在庫があるし、読んでもらう価値があるのではと思った。そしてボークマンさんの研究はここからどう深まったのだろうかと知りたくなり、上智大学の岡知史さんに22年ぶりに手紙を書いて投函した。返事はくるだろうか? (つづく)

『フォーラムブック14 わかちあいから生まれる体験的知識 』(2000年、500円、送料別)  

問合せ・ご注文は 横浜市男女共同参画推進協会まで kikaku★women.city.yokohama.jp(★を@に変えて) 

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